2006年05月28日(日)
娘の家庭訪問で先生がやってきました。
女の先生で、26・7?英語の先生です。
まぁ初対面ってトコでしょうか?
入学式で会っただけだから〜
「お母さんお仕事は?」という話しから
「
猫が具合が悪くて、今は家にいます。」というと
先生のお母様が、柴犬ちゃんの介護をなさっていて、という話しになり
やっぱり、鳴くというより叫ぶという状態だと・・・
お母様にも限界がきているらしく
「もうダメだって思った事ないですか?」真剣な眼差しで聞かれた。
「ありますよ〜ぶってしまった事もあるし
夜中に何度も起こされるウチに、理性なんてぶっ飛びますもん!」
先生も始めは「大変そう〜」としか思っていなかったらしいのだが
お母様に限界が来ていて、なるべく代わってあげていると。
ワンちゃんだけに、散歩へ行く。
やっと帰ってくるが、散歩に行った事を忘れてしまい
又散歩へ行く。何度も何度も散歩へ行く。
昼も夜も、聞いた事の無い声で叫ぶのを、
どうにもしてあげられない・・・と悩んでいらした。
家庭訪問は20分・・・あっという間。
次の子がお迎えに来てしまっていて、話しは途中になってしまった。
「では、何かありましたら学校へ電話してください」
という先生に
「先生は、何しに来たのかなぁ〜?」と娘(ははは〜許せ娘)
色々調べた事をプリントアウトして、
娘に持たせよう!と思った。
まりあ
が分離不安になった原因は
ぴーちゃん
の死と+直後の里帰り。
本当にそれまでは、全くと言ってイイほど
手のかからない猫でした。
始めのウチは「何で鳴いてるの?」「うるさいなー」位にしか
思ってなくて・・・分離不安なんて言葉も知りませんでした。
ちょうど前の年に、友達が「不安症」という病気になりました。
彼女はお母さんが腎臓病の末期、余命宣告をされていた中
お父さんが肺がんになってしまったのです。
ご主人は仕事が忙しく、お子さんは居ません。
毎日毎日、時間を問わず電話が掛かってきました。
「どうしていいのかわからない・・・不安なの」
「さみしいの・・・」「体がザワザワするの・・・」
こちらの話は聞こえていなくて、毎日毎日苦痛を訴えていました。
やっと受け入れてくれる病院が見つかって、入院。
1ヶ月程で退院できて、今も不安定ですが元気にしてます。
まりあ
大泣きの中、
夜中に何度も起こされて、ついつい手を上げてしまう・・・
もう限界だ・・・・ダメだ・・・・
そんな時思い出されたのは
恐怖が、心と体をむしばんでしまった彼女の姿でした。
一緒だ!同じなんだ!
病院にも行きましたが、猫の分離不安は
「あるかもしれない・・・」という程度で、まだまだ症例が少ないとの事。
私に出来る事は、まりあ
が安心できる様にする事。
「いつも一緒に居る事」でした。
娘がまだまだ赤ちゃんの頃
マンションのゴミ捨て場に行くにも、おぶって行ってました。
トイレのドアも閉めませんでした。
寝ていても、起きた瞬間に「Pooちゃん起きた?」と必ず声を掛けていました。
「この世の中に一人じゃない」って思って欲しかったのです。
私から離すのでは無く、安心して私から離れていける子にしたかったのです。
何であの時、まりあ
を一人残して里帰りをしてしまったのでしょう。
まりあ
がこんな大泣き・分離不安になる程の恐怖・・・
それを与えてしまったのは私です。
膀胱検査後、やはり不安定なまりあ
それを感じて、こちらから一緒にべったりくっついていました。
家事をサボってベットで読書の毎日。
「
まりちゃんのポンポン大丈夫でよかったねー」
「
ママちゃん居なくても、
まりちゃん検査できて偉かったねー」
GANBARUNEKOさま直伝のおしゃべりで、ほめる
ほめる
ほめる
どうしても現金が必要で、休日なのにCDへ
娘から電話が
「
まりちゃんが突然ソファーの下に入っちゃって、
すんごい怒ってるよ!シャー
シャー
って!」
あーやっぱり・・・・
レントゲン室・エコーの後遺症だ。
たった5分・・・と思った私がバカだった。
「すっすぐ帰るから

」
女の先生で、26・7?英語の先生です。
まぁ初対面ってトコでしょうか?
入学式で会っただけだから〜
「お母さんお仕事は?」という話しから
「
猫が具合が悪くて、今は家にいます。」というと先生のお母様が、柴犬ちゃんの介護をなさっていて、という話しになり
やっぱり、鳴くというより叫ぶという状態だと・・・
お母様にも限界がきているらしく
「もうダメだって思った事ないですか?」真剣な眼差しで聞かれた。
「ありますよ〜ぶってしまった事もあるし
夜中に何度も起こされるウチに、理性なんてぶっ飛びますもん!」
先生も始めは「大変そう〜」としか思っていなかったらしいのだが
お母様に限界が来ていて、なるべく代わってあげていると。
ワンちゃんだけに、散歩へ行く。
やっと帰ってくるが、散歩に行った事を忘れてしまい
又散歩へ行く。何度も何度も散歩へ行く。
昼も夜も、聞いた事の無い声で叫ぶのを、
どうにもしてあげられない・・・と悩んでいらした。
家庭訪問は20分・・・あっという間。
次の子がお迎えに来てしまっていて、話しは途中になってしまった。
「では、何かありましたら学校へ電話してください」
という先生に
「先生は、何しに来たのかなぁ〜?」と娘(ははは〜許せ娘)
色々調べた事をプリントアウトして、
娘に持たせよう!と思った。
まりあ
が分離不安になった原因はぴーちゃん
の死と+直後の里帰り。本当にそれまでは、全くと言ってイイほど
手のかからない猫でした。
始めのウチは「何で鳴いてるの?」「うるさいなー」位にしか
思ってなくて・・・分離不安なんて言葉も知りませんでした。
ちょうど前の年に、友達が「不安症」という病気になりました。
彼女はお母さんが腎臓病の末期、余命宣告をされていた中
お父さんが肺がんになってしまったのです。
ご主人は仕事が忙しく、お子さんは居ません。
毎日毎日、時間を問わず電話が掛かってきました。
「どうしていいのかわからない・・・不安なの」
「さみしいの・・・」「体がザワザワするの・・・」
こちらの話は聞こえていなくて、毎日毎日苦痛を訴えていました。
やっと受け入れてくれる病院が見つかって、入院。
1ヶ月程で退院できて、今も不安定ですが元気にしてます。
まりあ
大泣きの中、夜中に何度も起こされて、ついつい手を上げてしまう・・・
もう限界だ・・・・ダメだ・・・・
そんな時思い出されたのは
恐怖が、心と体をむしばんでしまった彼女の姿でした。
一緒だ!同じなんだ!
病院にも行きましたが、猫の分離不安は
「あるかもしれない・・・」という程度で、まだまだ症例が少ないとの事。
私に出来る事は、まりあ
が安心できる様にする事。「いつも一緒に居る事」でした。
娘がまだまだ赤ちゃんの頃
マンションのゴミ捨て場に行くにも、おぶって行ってました。
トイレのドアも閉めませんでした。
寝ていても、起きた瞬間に「Pooちゃん起きた?」と必ず声を掛けていました。
「この世の中に一人じゃない」って思って欲しかったのです。
私から離すのでは無く、安心して私から離れていける子にしたかったのです。
何であの時、まりあ
を一人残して里帰りをしてしまったのでしょう。まりあ
がこんな大泣き・分離不安になる程の恐怖・・・それを与えてしまったのは私です。
膀胱検査後、やはり不安定なまりあ

それを感じて、こちらから一緒にべったりくっついていました。
家事をサボってベットで読書の毎日。
「
まりちゃんのポンポン大丈夫でよかったねー」「
ママちゃん居なくても、
まりちゃん検査できて偉かったねー」GANBARUNEKOさま直伝のおしゃべりで、ほめる
ほめる
ほめる
どうしても現金が必要で、休日なのにCDへ
娘から電話が
「
まりちゃんが突然ソファーの下に入っちゃって、すんごい怒ってるよ!シャー
シャー
って!」あーやっぱり・・・・
レントゲン室・エコーの後遺症だ。
たった5分・・・と思った私がバカだった。
「すっすぐ帰るから


」






